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PubMedID 18812319 Journal J Biol Chem, 2008 Sep 23; [Epub ahead of print]
Title Isolation of hyperactive mutants of mammalian target of rapamycin.
Author Ohne Y, Takahara T, ..., Mizushima N, Maeda T
東京大学・分子細胞生物学研究所  生体超高分子研究分野    前田達哉     2008/11/10

mTORの活性化型変異体
本領域に加えていただいている研究課題であるカルパインに関する成果ではないのですが、栄養飢餓によるオートファジーの制御に深く関わってるmTORに関する私たちの仕事を紹介させてください。

mTORは、免疫抑制剤/抗癌剤ラパマイシンの標的分子として見出されたSer/Thrプロテインキナーゼで、哺乳類細胞がアミノ酸栄養に応答して代謝と成長とを調節する上で枢要な働きをしていることが知られています。細胞内では、mTORC1(mTOR complex 1)とmTORC2という2つの複合体として機能し、このうちラパマイシンで特異的に阻害されるのはmTORC1機能のみであることも示されています。

mTORの生理機能の研究は、永らく細胞をラパマイシン処理した場合の応答を元に行われて来たため、mTORC1機能に関する知見が多く蓄積しています。翻訳活性の低下や、細胞サイズの減少、オートファジーの誘導等、その応答は細胞をアミノ酸飢餓にさらした場合と一致していることから、mTORC1はアミノ酸栄養に応答して活性化され、標的分子をリン酸化することでこれらの応答を調節しているとされています。mTORC1複合体の構成因子をノックダウン/ノックアウトした場合にも同様な効果が確認されています。

しかし、アミノ酸栄養によってmTORC1の機能がどのように制御されているかについて明らかになっていない現状では、これらの知見のみでは、mTORC1は栄養/飢餓応答の制御において単にpermissiveな役割を果たすのみで、応答をinstructiveに誘導するのは別の経路であるという可能性も(少なくとも形式的には)否定できません。そこで、私たちはmTORの活性化型変異体を単離し、これにより人為的にmTORC1を活性化することにより飢餓応答が阻害されるか否かを検討することでこの問題に答を得たいと思いました。

酵母の遺伝学的トリックを用いて単離したmTOR変異体は、実際にin vitroで高いキナーゼ活性を示し、これを導入したHeLa細胞ではmTORC1の基質であるS6キナーゼや4E-BP1のリン酸化レベルがアミノ酸飢餓下に置いても長時間高く保たれていました(ただしやがては低下するため、恒常的活性化型ではないと思われます)。

活性化型mTOR変異体を導入したHeLa細胞はサイズが大きくなり、培地のアミノ酸を1/4に減らして24時間後のサイズ低下は、野生型mTORを導入したコントロールに比べて抑制されていました。また、アミノ酸飢餓下に置いた場合のオートファジーの誘導をLC3のフラックスを指標に検討すると、有意に阻害されていることが分かりました。これらの結果から、少なくともこの実験条件下ではmTORの活性が栄養/飢餓応答をinstructiveに制御していると言って良いと思われます。

癌においてmTOR経路の活性化が認められたり、ラパマイシンによって癌細胞の増殖阻害が起こったりすることから、細胞の癌化に対してmTOR経路が重要な寄与を果たしていると信じられていますが、私たちの活性化型mTOR変異体はNIH3T3細胞にフォーカス形成を誘導することは出来ませんでした。この点については、癌化に寄与する他のイベント等とも組み合わせて、さらに踏み込んだ解析が必要だと思われます。

活性化型オンコジーンの例を引くまでもなく、シグナル伝達経路の解析に活性化型変異体は強力なツールとなるものです。この変異体が細胞と個体を用いたmTOR研究において大いに役に立つことを願っています。
   
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Copyright 特定領域研究「タンパク質分解による細胞・個体機能の制御」事務局