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PubMedID 18757741 Journal Proc Natl Acad Sci U S A, 2008 Sep 9;105(36);13568-73,
Title Cancer related mutations in NRF2 impair its recognition by Keap1-Cul3 E3 ligase and promote malignancy.
Author Shibata T, Ohta T, ..., Yamamoto M, Hirohashi S
同志社大学生命医科学部  遺伝情報研究室    小林 聡     2008/11/24

酸化ストレス応答に関わる転写因子Nrf2の肺がん特異的遺伝子変異の意味すること
 私達が所属していましたグループの最近の論文を紹介させていただきます。本論文の主旨は、「酸化ストレス応答に関わるKeap1-Nrf2システムの肺ガン特異的な遺伝子変異について」ではありますが、その背景では1)Cul3型ユビキチンライゲース複合体の立体構造について、また2)Atg7ノックアウトマウス(Komatsu et al. (2007) Cell)で見られるような本応答系の恒常的活性化の生体への影響について示唆しているものと考えています。
 Keap1-Nrf2システムは、酸化ストレスに対する生体防御機構の重要な制御系であり、Keap1は酸化ストレスに対するセンサーとして、Nrf2は遺伝子発現を制御する転写因子として機能します。さらにKeap1は、非ストレス下では不要となる防御遺伝子の発現を抑制するために、Nrf2をユビキチンープロテアソーム系によるタンパク質分解にもたらします(半減期 約18分)。このユビキチン化反応において、Keap1はCul3型ユビキチンライゲースのアダプターとして機能します(Kobayashi et al. (2004) Mol. Cell. Biol.)。すなわち、本システムは低酸素応答におけるpVHL-Hif1α系ときわめて類似しており、生物はこのようなタンパク質分解制御を介した速やかな生体応答系を獲得することで、恒常性維持を可能にしていることに気づかされます。
 さて酸化ストレスによるNrf2の活性化機構は、このKeap1依存的なユビキチン化反応の阻害にあるのですが (Kobayashi et al. (2006) Mol. Cell. Biol.)、その分子基盤となるKeap1のNrf2認識機構として、私たちは本論文のSupplement Fig. 2に示されているような2分子のKeap1がNrf2を掴むようなモデルを提唱しています。Keap1はBTBドメインを有するためにホモ二量体を形成し、2つのKelchドメインを介して、Nrf2のDLGモチーフとETGEモチーフを認識します。この複合体がさらにCul3とユビキチンライゲース高次複合体を形成することで、Nrf2への効率よいユビキチン残基の転移が可能になると思われます。今回の論文では、このモデルを支持するin vivoの知見として、DLGないしETGEモチーフ内に位置するNRF2遺伝子変異を肺がんに同定しました。この遺伝子変異をもつ肺がん細胞では、Nrf2はKeap1よるユビキチン化から回避することで安定化し、恒常的に酸化ストレス応答ないし異物代謝機構を活性化していました。本来生体防御に関わるはずの本システムが、がん細胞で恒常的に活性化すると予後も悪くなり、また抗がん剤耐性をもたらすことを細胞レベルで証明しています。
 このようなNrf2の恒常的活性化については、本特定班にとっては、オートファジーに関わるAtg7の ノックアウトマウスの事例が馴染み深いことと思います。Atg7 KOマウスでは肝障害とともにKeap1-Nrf2システムが活性化されており、この病態生理学的意義については今後の解析が待たれます。いずれにせよ、これらの論文は、生体防御に関わるKeap1-Nrf2システムが“両刃の剣”であること、そしてストレス応答機構におけるタンパク質分解を介した抑制機構の重要性を示唆していると思われます。

   
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Copyright 特定領域研究「タンパク質分解による細胞・個体機能の制御」事務局