PubMedID |
19150980 |
Journal |
J Biol Chem, 2009 Jan 15; [Epub ahead of print] |
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Title |
An ATP-competitive mTOR inhibitor reveals rapamycin-insensitive functions of mTORC1. |
Author |
Thoreen CC, Kang SA, ..., Sabatini DM, Gray NS |
東京大学・分子細胞生物学研究所 生体超高分子研究分野 前田達哉 2009/01/22
ラパマイシンで阻害されないmTORC1機能
mTORがそもそもラパマイシンの標的分子として発見されたという経緯もあって、mTORの活性(正確には機能複合体であるmTORC1とmTORC2の内、mTORC1活性のみ)はラパマイシンで完全に阻害することができると信じられてきました。そのため、ある細胞の応答がmTORC1の活性に依存していることを検証するのに、細胞をラパマイシン処理することによりその応答が阻害されることが指標として広く用いられています。この論文は、新たに開発されたmTORのキナーゼ活性の阻害剤を用い、驚いたことにラパマイシンでは阻害されない機能がmTORC1にあることを明らかにしました。
正解を聞いてしまうとこれまでなんとなく気持ちが悪いと思いつつ受け入れてきた微妙な知見が一気にクリアになることがありますが、この仕事は正にそれに当たると思います。予兆はいくつもあって、例えば、ラパマイシン処理は翻訳を抑制し、細胞増殖をG1で停止させると言われながらも、その効果は細胞に依りけり、というよりむしろ多くの細胞にはあまり効かないことや、ラパマイシン処理でオートファジーが誘導されると言われながら、その効果はアミノ酸飢餓に比べるとずっと弱いことなどが挙げられます。ところがこの阻害剤でmTORC1活性を阻害すると、MEF細胞では翻訳ががくんと低下し、増殖はG1で停止します。mTORC1の支配下にある細胞サイズも、ラパマイシン処理時よりさらに小さくなります。さらに、オートファジーもラパマイシン処理時より強く誘導されます(LC3のデータの解釈についてはオートファジーの専門家の方におまかせしたいと思います)。
この阻害剤はmTORC1のみならずmTORC2も阻害することができるのですが、上に挙げた細胞のふるまいがmTORC1の不活性化によるものであることは、mTORC2特異的KO MEF細胞を用いて確認しています。
そもそも、ラパマイシンが(FKBP12との複合体として)結合するmTOR上の領域として同定されたFRB(FKBP12-rapamycin binding)ドメインは、mTORのキナーゼドメインを除いたほぼ全長を占めるHEATリピートの2単位でしかなく、ここに何かが結合することでなぜmTORC1活性が阻害されるのかはいつも大きな疑問でした。パン酵母S. cerevisiaeの増殖がラパマイシンで完全に抑制されるのに対し、分裂酵母S pombeの増殖はラパマイシン耐性(しかしアミノ酸の取り込みはラパマイシン感受性)であることも。結局のところ、ラパマイシンによるmTORC1活性の阻害は、特定の基質との接近に対して立体障害を引き起こすことによるのだと解釈できるのかもしれません。
ラパマイシンが抗癌剤としての有効性は、これまでのところごく限られた腫瘍に限られていましたが、これでまたmTORを標的とした阻害剤の臨床応用の可能性が広がったという点でもインパクトの大きい仕事だと思います。