PubMedID 33106658
タイトル Atg9 is a lipid scramblase that mediates autophagosomal membrane expansion.
ジャーナル Nat Struct Mol Biol, 2020 Oct 26; [Epub ahead of print]
著者 Matoba K, Kotani T, Tsutsumi A, Tsuji T, Mori T, Noshiro D, Sugita Y, Nomura N, Iwata S, Ohsumi Y, Fujimoto T, Nakatogawa H, Kikkawa M, Noda NN
  • Atg9は脂質スクランブル活性を持つ
  • Posted by 微生物化学研究会微生物化学研究所 的場一晃
  • 投稿日 2020/10/28

最近発表した我々の論文について紹介させていただきます。
隔離膜伸展に際し、Atg2がERから隔離膜への脂質輸送に働くというモデルが提唱されてきましたが、Atg2は膜を横切って脂質を運べないため、輸送した脂質は隔離膜の細胞質側の層に溜まってしまうという問題がありました。膜伸展のためには脂質二重層におけるリン脂質の不均衡を解消する必要がありますが、我々はそれを膜貫通型タンパク質Atg9が担っているのでは?という仮説を立て、Atg9の構造機能解析を行いました。
まず脂質組成が非対称のリポソームを調製し、出芽酵母Atg9の存在の影響を調べたところ、Atg9の存在依存的に非対称性が解消されました。リン脂質の種類に無関係であり、ATP
非依存性であることから、Atg9は脂質二重層の脂質のフリップフロップを促進する、新規脂質スクランブラーゼであると考えられます。同様の結果はヒトATG9Aでも見られたことから、この活性は進化上保存されていると考えられます。
次にクライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析を行い、分裂酵母Atg9の構造を分解能3.0Åで明らかにしました。Atg9は3量体を形成し、特徴的な2種類の細孔を持っていました。この二つの細孔{膜に対して平行な細孔(lateral pore)、膜を横断する細孔(vertical pore)}は互いにつながり、脂質二重層の2つの層の間に通路を作っていることが分かりました。そこで細孔を形成するアミノ酸に変異を入れたところ、 試験管内で見られたAtg9 の脂質スクランブル活性が阻害され、酵母においてオートファゴソーム形成も阻害されることが分かりました。以上の結果から、Atg2が小胞体から隔離膜の細胞質側の層に運んだリン脂質をAtg9がスクランブルすることで脂質二重層の両側の層に配分し、 隔離膜の伸展を可能にしていると考えられます。

本研究は多くの先生方に大変お世話になりました。また、2019年のオートファジー研究会において発表したとき、まだ脂質スクランブル活性のアッセイ系に問題を抱えていました。そんな折、神先生(東工大)のご助言から、藤本先生のグループと共同研究させて頂くこととなり、凍結割断レプリカ標識法で重要なデータを得ることができました。このような活発な研究会を企画、運営してくださっております先生、研究者、学生の皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。

余談1 この論文はNatureリバイス中にCell Reports誌にヒトATG9AのCryoEM構造(PMID: 32610138)が出されたことでNSMBにトランスファーされました。また、同じ号のNSMBに大友先生、水島先生グループからヒトATG9Aに関する論文(PMID: 33106659)も掲載されております。
余談2 これまでAtg9は6回膜貫通型と予測されていましたが、構造が明らかになってみると4回膜貫通タンパク質でした。残りの2本のヘリックスは膜に埋もれているものの途中で折れ曲がり元の面に戻る構造をしていました。ヒトATG9Aでも同様であり、今後は4回膜貫通型タンパク質と記述すべきです。
余談3 私事ですが、2011年からAtg9一筋で研究して9年かかり今回の論文を発表することが出来ました。

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  • 質問
  • The Francis Crick Institute  西村 多喜  2020/10/28

初めまして。西村多喜と申します。ATG9論文を拝読致しました。とても面白くて感動しました。あまりに素晴らしい内容のためか、私の隣のポスドク二人はショックで意気消沈しております。

さて、論文に関する質問が二つあります。
どちらもPI3Kを組み合わせたphospholipid scramblase activity実験に関するものなのですが、一つ目は、自発的なflip-flopついてです。感覚的には基質のPIは不飽和脂肪酸鎖(18:2)を持っているので、生成されたPI3Pはscramblaseが存在しなくてもある程度は自発的にflip-flopしても良いかなと思ったのですが、Fig. 1やFig. 5のdataを見る限りは、ほぼno signalという結果になっています。マテメソによるとPI3K処理時間は2hとなっていますが、処理時間をさらに長くするとATG9がなくても自発的にflip-flopされたPI3Pが観察されるというようなことはありますか?

二つ目は、PI3Kのフィードバックに関するものです。勉強不足のためPI3Kがどのように制御されているのかきちんと把握出来ていないのですが、一般的に、多くの酵素は最終産物によるネガティブフィードバックを受けると思います。ATG9が存在することにより、PI3Pが内膜側にflip-flop されるため、結果としてtotal PI3P (Outer + Inner) のシグナル量が増加したりするようなことはありましたでしょうか?

最後は単なる個人的な感想です。今回の論文でATG9がphospholipid scramblase活性を有していることが明らかになったと思うのですが、phospholipid scramblaseがなぜIM expansionを促進することが出来るのかとても不思議だなと思います。Discussionでも議論されているように、ATG9-mediated transport is partially unidirectional (心臓の弁のような感じ?) である可能性を考えないとやはりIM expansionは説明出来ないような気がしました。

細かい点で恐縮ですが、コメント頂けると幸いです。


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  • 質問、ありがとうございます。
  • 微生物化学研究会微生物化学研究所  的場一晃  2020/10/29

>処理時間をさらに長くする
一度、長時間のPI3K処理(37°C 3h+RT 1h)で見たことがあります(良かれと思って)。レプリカを作製し電顕撮影してもらいましたが、この時はリポソームが集まり凝集していました。この段階でPI3Pのカウントをやめてしまっているので、詳細は不明です。ご指摘の通り、長時間の反応時間ではflip-flopも観察される可能性があると思います。

>total PI3P (Outer + Inner) のシグナル量
totalのシグナルは変化します。ただ、これがネガティヴフィードバックなのか、基質が2倍量あることによるのか、わかりません。

>IM expansionは説明出来ない
私もそう思います。Atg9に関しては、今回その機能のある一面が見えただけだと思います。まだまだ謎が残されていると思います。
水を蓄えた湖(ER)から用水路(Atg2)を通って、流れてきた水(脂質)が田んぼ(IM inner leaflet)に流れるための流路の働きをAtg9がしていたということはわかりましたが、湖と田んぼの標高が同じ場合は田んぼ側に水が流れない(例え逆止弁があっても)ので、標高差がある(すなわちER側の化学ポテンシャルが高い)必要があるが、メカニズムはまだ不明です。

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  • The Francis Crick Institute  西村 多喜  2020/10/30

Atg2やAtg9に限らず、lipid transfer proteinやscramblaseによる脂質輸送が細胞内でどのように厳密にコントロールされているのかというのは、とても興味深いですよね。的場先生が現在考えられているモデル「ER側の化学ポテンシャルが高くてそれがIM expansionの駆動力になっている」ということをきちんと示すことが出来れば、ものすごい発見だと思います。

ついでに、Atg9に関しても一つだけ質問して良いですか?
今回使っているproteoliposomeはAtg9の向きがリポソーム上ではバラバラになっていて、内側から外側に脂質を運ぶものもあれば、外側から内側に運ぶものもあるために、本当はAtg9はin vitroでもunidirectionalな輸送を行っているんだけど全体としてはscramblase活性として観察されてしまっているという可能性はありますか?

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  • 微生物化学研究会微生物化学研究所  的場一晃  2020/10/30

Atg9の活性制御がどのようにされているかは大変興味深いです。9 vesicleに乗っている間は、隔離されていますが、様々なオルガネラに移動したときなどは、制御機構がなければ悪影響を与えると思うので、厳密なコントロールが存在しているはずです。
過剰発現した時には膜の非対称性は保たれているのか気になるところです。

> 全体としてはscramblase活性として観察されてしまっている
おっしゃる通りで、この実験系ではAtg9はランダムにliposomeに入っているので、実は一方通行かもしれません。

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  • 補足
  • 微生物化学研究会微生物化学研究所  野田 展生  2020/10/30

多喜さん、いろいろと貴重なご意見ありがとうございます。
Atg9の向きの問題ですが、リポソーム内での向きを揃える実験は考えてはいるのですが、今のところ上手くいっておりません。Dithioniteアッセイの結果が既知のスクランブラーゼと同程度の速いスピードであること、脂質選択性が低いこと、ATP非依存であることなどの状況証拠からスクランブラーゼと考えていますが、ATP非依存性の新規Floppaseである可能性も残っていると思います(構造が非対称なので、輸送効率が方向によって変わる可能性は十分あり得ます)。

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  • The Francis Crick Institute  西村 多喜  2020/10/30

野田先生、的場先生、詳細にコメント頂きましてどうもありがとうございます。
大変勉強になります。やはり膜脂質は本当に分かっていなことが多く、研究対象として面白いなと再認識出来た気がします。
私自身も少しは脂質研究に貢献出来るように頑張りたいと思います。