PubMedID 38368448
タイトル ALLO-1- and IKKE-1-dependent positive feedback mechanism promotes the initiation of paternal mitochondrial autophagy.
ジャーナル Nature communications 2024 Feb;15(1):1460.
著者 Sasaki T, Kushida Y, Norizuki T, Kosako H, Sato K, Sato M
  • 線虫における父性ミトコンドリア選択的オートファジーのメカニズム
  • Posted by 群馬大学生体調節研究所 佐々木 妙子
  • 投稿日 2024/02/27

先日Nature communications誌に掲載された、私たちの論文をご紹介させていただきます。

ミトコンドリアは、独自のDNAであるミトコンドリアDNAを持ち、片親(主に母親)からのみ遺伝することが古くから知られています。この現象は「母性(片親)遺伝」と呼ばれ、ほとんどの真核生物に共通して見られます。しかし、なぜ精子由来のミトコンドリアだけDNAが排除され、母親からのみミトコンドリアDNAが受け継がれるのか、そのメカニズムには不明な点が多く残されていました。

そのような中、私たちは2011年に、線虫C. elegansを用いることで、受精卵において父性ミトコンドリアがオートファジーによって選択的に分解・除去されることがミトコンドリアDNA母性遺伝に必要であることを発見しました (M. Sato and K. Sato, Science, 2011)。このオートファジーでは精子由来の父性オルガネラが選択的に消去されることから、この現象をアロファジー(非自己(allogeneic)オルガネラのオートファジー: allophagy)と命名しました。さらに2018年には、このアロファジーに必須な因子として、ALLO-1とIKKE-1を同定しました(M. Sato et al., Nat. Cell Biol., 2018)。ALLO-1は線形動物に保存されており、アロファジーにおいてはオートファジーアダプターとして機能していると考えられました。また、IKKE-1は哺乳類のTBK1/IKKεのホモログで、そのキナーゼ活性はアロファジーに必須ですが、正確な機能は分かっていませんでした。

本研究では、父性ミトコンドリアを選択的に分解・除去する際の、ALLO-1とIKKE-1の動態と役割について研究を行いました。まず、ALLO-1について解析を進めたところ、ALLO-1はLGG-1(LC3/ATG-8ホモログ)に加えてEPG-7/ATG-11(FIP200ホモログ)とも直接結合し、ULK complexの父性ミトコンドリア周囲へのリクルートを制御することが明らかになりました。また、C末端配列の異なる2つのスプライシングバリアントALLO-1aとALLO-1bが存在すること、さらにこれらバリアントはわずかな配列の違いにも関わらず役割が異なっており、主にALLO-1bが父性ミトコンドリアの分解を担うことを見出しました。さらに、線虫の受精の様子のライブイメージングに成功し、野生型では精子と卵母細胞の接触後、わずか30秒以内にALLO-1bが父性ミトコンドリアを識別し、父性ミトコンドリアに急速に集まってくる様子を捉えました。それに対してikke-1の変異体では、ALLO-1bは野生型と同じタイミングで弱く標的に局在するものの、その後の輝度の上昇が抑制され、隔離膜の伸長が不十分になることも発見しました。すなわち、ALLO-1bがまず父性ミトコンドリアを認識し(ステップ1)、その後さらにIKKE-1の働きにより父性ミトコンドリア周囲に一定レベル以上のALLO-1bが集まる(ステップ2)ことがアロファジーに必須であることが分かりました。

さらに私たちは、キナーゼであるIKKE-1のリン酸化基質を質量分析により網羅的に解析しました。その結果、FIP200ホモログであるEPG-7を含めた複数のULK complex 構成因子のリン酸化レベルがikke-1変異体で有意に低下していました。また、epg-7の変異体においては、ikke-1の変異体と同様にALLO-1bの集積が弱まることから、IKKE-1はULK complexを介してALLO-1bの集積を引き起こす可能性が示唆されました。

本研究から、父性ミトコンドリアが受精卵に侵入した際に起こる反応の詳細が明らかとなりました。ミトコンドリアDNAの母性遺伝は、ヒトを含めた多くの生物で共通する現象でありながら、その仕組みに不明な点が多く残されています。今回私たちは、父性ミトコンドリアが受精卵への侵入とほぼ同時にALLO-1による識別を受けることを発見しましたが、このことは父性ミトコンドリアに、母性ミトコンドリアとは違う何らかの目印が付いていることを示唆しています。今後、この父性ミトコンドリアを他と区別するための目印が何なのかを解析していくことで、母性遺伝の仕組みに迫ることができると期待されます。また、IKKE-1は、哺乳類において機能不全に陥ったミトコンドリアを除去する「マイトファジー」の際に働く、TBK1のホモログです。今回の結果は、選択的オートファジーの基本原理は種を超えて保存されていることを示唆しており、生理的条件下で起きる線虫アロファジーは選択的オートファジーを理解するモデル系としても役立つのではないかと考えています。

本研究は、群馬大学の佐藤美由紀教授、佐藤健教授、櫛田康晴研究員、法月拓也学振特別研究員(PD)、徳島大学の小迫英尊教授との共同研究によるものです。実験に用いた線虫株はナショナルバイオリソースプロジェクト(三谷研)からご提供いただきました。新学術領域研究マルチモードオートファジーによるご支援と皆様の多大なるご助力に心より御礼申し上げます。