PubMedID 33854238
タイトル Organelle degradation in the lens by PLAAT phospholipases.
ジャーナル Nature 2021 Apr;.
著者 Morishita H, Eguchi T, Tsukamoto S, Sakamaki Y, Takahashi S, Saito C, Koyama-Honda I, Mizushima N
  • 眼の水晶体が透明になる仕組みの解明 ~新たな細胞内分解システムの発見~
  • Posted by 東京大学医学部、順天堂大学医学部 森下英晃
  • 投稿日 2021/04/21

先日Nature誌に掲載された私たちの論文を紹介させていただきます。

眼の水晶体を構成する細胞の分化過程では、核、ミトコンドリア、小胞体などのすべての膜型オルガネラが分解されることが古くから知られていますが、その分子機構や生理的意義はほとんど解明されていませんでした。通常の細胞では、オルガネラは主としてマクロオートファジーによって分解されますが、水晶体細胞ではマクロオートファジーによらないことがわかっていました(Matsui et al., BBRC, 2006; Morishita et al., JBC, 2013)。今回私たちは、生きたままのゼブラフィッシュの水晶体で、オルガネラが分解される様子を捉えることに成功しました。さらにミトコンドリア、小胞体、リソソームなどのオルガネラの完全分解には、PLAATファミリーホスホリパーゼA(ゼブラフィッシュではPlaat1、マウスではPLAAT3(別名:HRASLS3、PLA2G16、AdPLA)が必須であることを見出しました。PLAATはC末端に疎水性領域を有するテイルアンカー型タンパク質ですが、通常はサイトゾルに存在しており、オルガネラ膜に部分的損傷(小孔形成)が生じると膜移行し、膜の完全分解を誘導することがわかりました。水晶体細胞における膜の部分的損傷やPLAATの膜移行には、水晶体細胞の分化に重要な熱ショック転写因子Hsf4が必要であることも見出しました。この新しいオルガネラ分解機構はゼブラフィッシュ、マウスのいずれにおいても水晶体の透明化に必要でした。一方、PLAATは核DNA分解にはあまり必要ないこともわかりました。これはリソソーム膜がPLAAT非依存的に部分的損傷を受けた際に、リソソームに存在するDNA分解酵素(Nishimoto et al., Nature, 2003; Nakahara et al., FEBS J., 2007)の一部がサイトゾルへ漏出し、それらが核DNAを分解することによると考えられます。以上の結果から、脊椎動物にはマクロオートファジーだけでなく、サイトゾルのホスホリパーゼによるオルガネラ分解機構も存在することが明らかになりました。本研究成果は、脊椎動物における細胞内分解システムの多様性の理解につながると考えられます。


ここからは恒例により本研究の裏話をご紹介いたします。私は2009年から約12年間にわたり、この非常に興味深い生理現象の分子メカニズムを知りたいと思い、研究活動に取り組んできましたが(水島さんはさらにその前からマクロオートファジーの関与等について研究されていました)、最終的にPLAATの同定に至るまでにはいくつかの岐路がありました。まずはモデル生物の選択です。水晶体オルガネラ分解現象には培養細胞モデルが存在しないため、当初私たちはマウスを用いて解析していましたが、電子顕微鏡解析が非常に難しかったり、複数の有力候補のノックアウトマウスが正常であったりと、マウスを使った解析に限界を感じていました。ちょうどその頃、CRISPR/Cas9システムが登場し、ゼブラフィッシュでも逆遺伝学が可能になったため、2013年にゼブラフィッシュの系を導入することにしました。その結果、in vivoでのライブイメージングや逆遺伝学スクリーニングを実施できるようになりましたが、それでもなかなか100%必須な因子を同定することができず、ゼブラフィッシュでは有力と思われた候補因子のノックアウトマウスがほぼ正常であることが判明した2017年には、とても困った状況に陥ってしまいました。そのような状況のなか、過去のデータを見直していた際にふと「水晶体オルガネラ分解の本質は膜分解なのではないか」(オルガネラ膜は屈折率が高いことが知られているため、透明化のためには膜を壊すことが大切なのではないか)と思いつき、その当時新たなホスホリパーゼファミリーとして注目され始めていたPlaat1を含めたさまざまな種類のリパーゼをピックアップし、ゼブラフィッシュを用いたF0 KOスクリーニングを実施した結果、オルガネラ分解に必須な因子としてPlaat1を同定することができました。その後、PLAAT3ノックアウトマウスの作製については塚本智史さん、PLAATの局在解析(ライブイメージングの一部や培養細胞・in vitro解析)については2018年から水島研に加わり一緒に研究してくれた江口智也さん(現・水島研特任助教)の貢献により、大きく前進しました。2019年末にNatureに投稿しましたが、一人のレビューワーから、私たちも解決できずに困っていた「PLAATの膜移行機構の解明」をアクセプトの必須条件として要求され、リジェクトされてしまいました。しかしその後、現所属先の小松雅明先生(順天大)のご配慮で研究を継続させていただいた結果、何とか1年ほどで膜移行機構を解明することができ、アクセプトに至りました。本研究により、長年の謎であった水晶体オルガネラ分解機構の実体を明らかにすることはできましたが、PLAATの詳細な膜移行・制御メカニズムや普遍性の解明は今後の課題として残っています。

最後になりましたが、本研究を進めるにあたり大変お世話になりました水島さん、水島研のラボメンバーの方々、共同研究者の方々、小松先生、小松研のラボメンバーの方々、そして貴重なアドバイスをいただきました多くの研究者の方々に深く感謝申し上げます。