PubMedID 34748402
タイトル Loss of and impairs the maintenance of the hematopoietic stem cell pool size.
ジャーナル Molecular and cellular biology 2021 Nov;MCB0002421.
著者 Sakai SS, Hasegawa A, Ishimura R, Tamura N, Kageyama S, Komatsu-Hirota S, Abe M, Ling Y, Okuda S, Funayama M, Kikkawa M, Miura Y, Sakimura K, Narita I, Waguri S, Shimizu R, Komatsu M
  • Atg2bとGskip遺伝子欠損は、造血幹細胞のプールサイズの維持を損なう
  • Posted by 順天堂大学医学部生理学第2 小松雅明
  • 投稿日 2021/11/16

東北大学大学院医学研究科の清水律子教授グループとの共同研究で行われたマウス遺伝学的解析についてご報告致します。

骨髄増殖性腫瘍(MPN)は、造血幹細胞由来の細胞が1つ以上の造血系譜において単一的に増殖することを特徴とする血液がんに属する。MPNの主要な臨床病理学的実体は、慢性骨髄性白血病、真性多血症、本態性血小板血症、および原発性骨髄線維症であり、これらはすべて、通常、特定の体細胞変異によって引き起こされる。MPNを引き起こす突然変異は、シグナル伝達経路、オートファジー、細胞代謝などの様々な細胞メカニズムを阻害することにより、造血幹細胞を、正常な造血幹細胞よりも生存率の高いMPN幹細胞に変化させることが提唱されている。
ATG2BとGSKIPは染色体14q32に位置しており、MPNを発症した西インド諸島の4つの家系ではATG2BとGSKIPを含む領域に生殖細胞のタンデム重複が確認された(Nat Genet 47:1131-40. doi: 10.1038/ng.3380)。これらの家系の遺伝学的解析により、ATG2BとGSKIPの生殖細胞重複が家族性骨髄性悪性腫瘍のリスクをもたらすこと、造血幹細胞においてATG2BとGSKIPが過剰発現すると造血前駆細胞の分化が促進されることが明らかになった(Nat Genet 47:1131-40. doi: 10.1038/ng.3380)。この2つの遺伝子は、de novoの急性骨髄性白血病(AML)でも高発現していた(Leuk Lymphoma 62:1770-1773. doi: 10.1080/10428194.2021.1881508)。一方、最近、MPNを発症した北米の家族の家系を遺伝学的に解析した結果、14q32染色体の重複に伴う骨髄系悪性腫瘍症候群の発症には、ATG2BおよびGSKIP遺伝子の生殖細胞重複は必要ないことが示された(Leukemia 32:2720-2723. doi: 10.1038/s41375-018-0231-9)。従って、ATG2BとGSKIPの造血やMPNやAML発症への関与については、議論の余地がある。
ATG2は脊椎動物以降に2つに別れており、ATG2Aと2Bは機能が重複している可能性が高い(Mol Biol Cell 23:896-909. doi: 10.1091/mbc.E11-09-0785)。ATG2Aと2Bは、どちらもERと隔離膜/ファゴフォアをつなぎ、脂質を輸送している(Nat Struct Mol Biol 26:281-288. doi: 10.1038/s41594-019-0203-4, J Cell Biol 218:1787-1798. doi: 10.1083/jcb.201811139)。GSKIPは、GSK3βやPKAのA-キナーゼアンカータンパク質であり、標的に対するキナーゼ活性を調節する(J Biol Chem 291:19618-30. doi: 10.1074/jbc.M116.738047, Biochim Biophys Acta 1853:1796-807. doi: 10.1016/j.bbamcr.2015.04.013, Biochemistry 45:11379-89. doi: 10.1021/bi061147r)。GSKIPは、典型的なWntシグナル経路の構成要素であるGSK3βと直接相互作用し、胚の発生に重要な役割を果たすとともに、GSK3βの負の調節因子として機能している(J Biol Chem 291:19618-30. doi: 10.1074/jbc.M116.738047, J Biol Chem 285:5507-21. doi: 10.1074/jbc.M109.047944)。
今回、複数の遺伝子改変マウスを作製し、Atg2b、Gskip単一あるいは両遺伝子の欠損がマウスの造血幹細胞のプールサイズ維持にどのような影響を与えるのかを解析するとともに、ATG2BとGSKIP欠損ヒト白血病細胞株を作製し、オートファジー活性や遺伝子発現を調べた。その結果、Atg2bとGskipの両方を欠損したマウスでは造血機能が低下し、貧血を伴って胎児期に死亡することが明らかになった。ATG2BとGSKIPが重複しているMPN患者とは対照的に、ダブルノックアウトマウスの胎児の肝臓では、細胞死が増加して造血幹細胞、特に長期造血幹細胞の数が著しく減少していた。残った造血幹細胞は造血前駆細胞に分化する能力を持っていたが、その分化効率は極めて低かった。Atg2bまたはGskipを単独でノックアウトしたマウスでは、胎児期の造血に異常は認められず、正常に生まれ、生存した。ATG2BとGSKIPを欠損させたヒト白血病細胞株ではオートファジー活性に影響を与えない一方で、RNA-Seqにより酸化的リン酸化に関与する酵素をコードする遺伝子群の発現が有意に増加することが分かった。今回の実験では、Atg2bとGskipの間に遺伝的相互作用があり、オートファジーの制御を伴わない、現在のところ不明なメカニズムによって、造血幹細胞と造血前駆細胞の両方の維持にATG2BとGSKIPが相乗的に作用していることが示された。今回の観察結果は、家族性MPNおよびAMLの分子メカニズムを解明する上でのヒントになると思われる。