オートファジーフォーラム

• 膜結合型ユビキチンリガーゼMARC-3は線虫における早期多精拒否に働く
• Posted by 群馬大学生体調節研究所　佐藤健
• 投稿日 2024/01/29

　　性を持つ生物のほとんどは卵母細胞（卵子）が１つの精子と受精することにより誕生します。この際、複数の精子と受精（多精子受精）してしまうと、雄由来のゲノムDNAを数セット持つこととなり、正しく発生することができません。そのため、卵母細胞（卵子）側には１つ目の精子と受精したのちに、他の精子が受精するのを妨げる多精拒否の仕組みが備わっていることが知られています。この多精拒否の仕組みには受精直後に起こる早期のものと数分後に起こる遅いものがあることが示唆されています。しかしながら、このような知見は主にウニなどの卵を産卵し、体外で受精する生物から得られてきました。一方、哺乳類のような体内で受精する生物においては、表層顆粒の分泌を介した透明帯の化学組成変化を伴う遅い多精拒否の仕組み等は知られていましたが、早期の多精拒否機構の存在やその仕組みについてはほとんど明らかになっていませんでした。今回、私たちは線虫 C. elegans において受精後に卵母細胞の細胞膜で働いたタンパク質が、受精後に細胞の中に取り込まれて選択的に分解され、新たに合成されたタンパク質に置き換わっていく現象に着目し、この過程に働く因子としてMARC-3を見出しました。
　　MARC-3は膜を４回貫通している膜タンパク質で、タンパク質の分解や機能制御に働くユビキチンという分子を他の分子に結合する酵素（ユビキチンリガーゼ）です。この分子を欠損した卵母細胞の一部は、１つ目の精子が受精して約10秒以内に２つ目の精子が受精してしまう多精の状態になることが明らかとなりました。卵によっては最大３つの精子が受精していました。線虫の場合は透明帯の代わりにキチンという物質が卵殻を形成し、多精拒否する仕組みが知られていますが、MARC-3欠損卵ではキチンからなる卵殻は形成されていました。卵殻が形成できない卵についても解析を行ったところ、これらの卵では受精後3～5分後に２つ目の精子が受精していました。また、MARC-3欠損卵で卵殻ができないようにすると多精となる割合がさらに増加しました。このことから、MARC-3は早期の多精拒否、卵殻は遅い多精拒否に働いていることが示唆されました。また、MARC-3が他の分子にユビキチンをつける活性に重要なRING-CHドメインという部分に変異を導入するとやはり多精になることから、ユビキチン化のメカニズムが多精拒否に重要であることが示唆されました。MARC-3をコードする遺伝子の類似遺伝子（March3）はヒトやマウスなどの哺乳類にも存在しており、多精拒否に関与しているか興味深いところです。
　　本研究により、これまでほとんど明らかとなっていなかった受精直後の早い多精拒否の仕組みの一端が明らかとなりました。多数の精子に取り囲まれた状態で、ただ１つの精子とのみ受精することは生命の誕生と発生においてきわめて重要な現象ですが、いまだ多くの謎が残されています。例えば、一般的な教科書等に記載されている多精拒否に関する知見の多くは主にウニなどの体外で受精する生物の研究から得られてきたものであり、哺乳類や線虫などの体内受精する生物に関しては不明な点が多く残されています。今回、哺乳類にも保存されているMARC-3欠損卵で早期の多精拒否に異常が見られたことから、哺乳類における解析も飛躍的に進むことが期待されます。近年、出産の高齢化に伴い、体外受精により妊娠・出産をするケースが増大してきております．この際、加齢した卵に対して通常の体外受精を行うと多精になりやすいケースや、また加齢と多精頻度の増加との関連性等も報告されています。これらの知見は、加齢に伴い卵の多精拒否の仕組みが弱まっている可能性を示唆しています。今後、哺乳類の卵における多精拒否メカニズムの解明が待たれます。
　　本研究は、群馬大学生体調節研究所細胞構造分野の佐藤健教授、川崎一郎研究員、杉浦健太研究員、生体膜機能分野の佐藤美由紀教授、佐々木妙子助教、東京医科歯科大学難治疾患研究所の松田憲之教授との共同研究によるものです。新学術領域研究マルチモードオートファジーによるご支援と皆様の多大なるご助力に厚く御礼申し上げます。
＊卵子は減数分裂を完了した1Nの卵に対しての名称とのことです。

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