PubMedID 26572622
タイトル Oxidative stress-dependent phosphorylation activates ZNRF1 to induce neuronal/axonal degeneration.
ジャーナル J Cell Biol, 2015 Nov 16; [Epub ahead of print]
著者 Wakatsuki S, Furuno A, Ohshima M, Araki T
  • 酸化ストレスを神経変性に変換する仕組み
  • Posted by 国立精神・神経医療研究センター・神経研究所 若月修二
  • 投稿日 2015/11/24

先日の淡路島でのミーティングで,水島先生が本フォーラムへの積極的な投稿を促されておられましたので,新学術研究領域班員ではございませんが,私たちが最近発表した論文について紹介させて頂きます.
私たちは,この論文で神経細胞に与えられた酸化ストレスが主要な神経変性のプロセスである軸索変性と神経細胞死にどのようにして変換されるか,その変換システムのひとつを明らかにしました.最近,私たちは変性する軸索ではオートファゴソーム形成が活発になり,その制御が変性によって活性化するGSK3Bシグナルによってなされることを明らかにしつつあります.軸索変性は神経変性疾患の症状形成や病態の進行の主因となるだけでなく,神経系の正常発達,特に神経ネットワーク形成においても欠くことのできないプロセスのひとつです.今後は,レドックス反応を介するオートファジー誘導が神経ネットワーク形成とどのように関連するのかについても,明らかにしていきたいと考えています.

論文の内容
脳の主要な構成要素であるニューロンは軸索や樹状突起と呼ばれる突起構造を介して神経回路を形成し,お互いに情報を伝達することにより,記憶や運動機能の調節などの脳のはたらきを制御しています.パーキンソン病やアルツハイマー病など多くの神経変性疾患では,ニューロンが徐々に死んで失われることで脳のはたらきが低下しますが,ニューロンの死に先立って軸索が徐々に失われる軸索変性が観察されます.軸索変性はカスペースやBCL2などの主要なアポトーシス制御因子のはたらきを変更することではその進行を抑制できないなど,典型的なアポトーシスとは異なるメカニズムによって制御されており,近年までその制御メカニズムの詳細は不明でした.

我々は以前の研究で,軸索の構造の支持など役目などを果たす微小管に着目した研究を行い,ニューロンがダメージを受けた後,細胞内で微小管の構造を積極的に壊すメカニズムが作用して軸索変性が進行することを報告しました (Wakatsuki. et al. Nat Cell Biol. 2011).この反応経路では,タンパク質キナーゼAKTがユビキチンリガーゼZNRF1を介してプロテアソーム依存的に分解され, AKTによる抑制を解かれたGSK3Bが軸索の中で活性化することによって軸索変性が促進されていました.

ZNRF1は幼弱期から成熟期までの正常なニューロンに幅広く発現することに加えて,過剰発現させるだけでは軸索変性を誘導できないことなどから,変性が開始された後にZNRF1のユビキチンリガーゼ活性を亢進させる「スイッチ機構」の存在が想定されました.今回,私たちはその「スイッチ機構」の本体が活性酸素種(ROS)を介する細胞内反応であることを突き止めました.詳しく調べると,ROSを与えた培養ニューロンではZNRF1が線維芽細胞増殖因子(EGF)受容体によって直接リン酸化されることによりAKTに対するユビキチンリガーゼ活性が上昇すること,ダメージを与えた軸索ではZNRF1のリン酸化レベルとAKTのプロテアソーム依存的な分解が亢進し,これらはいずれもNADPHオキシダーゼ阻害剤により打ち消されること,などが実験的に証明されました.ROSは体内で産生されて老化を促進する分子として広く知られていますが,今回の結果は神経細胞内の反応を調節するシグナル分子としての全く新しいROSの役割を初めて解明しました.また,これまで,軸索変性と細胞死はそれぞれ独立した細胞内反応によって制御されると考えられていましたが,今回の発見はZNRF1が神経細胞へのストレス刺激に伴って軸索変性と細胞死の両方を開始させるはたらきを持つことを証明するとともに,ROSを介する酸化ストレスを神経変性シグナルに変換する新しい分子機構の発見として,同論文の掲載号のコメント記事にも取り上げられました.